みさの稽留流産を経験して *本当に大切なもの*

2018年4月自然妊娠し6月に8週相当の稽留流産となり手術をしました。その時の記録。現在28歳。結婚2年目。

はじめに(本ブログの説明)

多趣味の私はこれまでブログを持たず、SNSごとでテーマを持たせて更新していましたが、今回、流産を経験し、「誰にもいえない、誰かに言いたい」の気持ちが抑えきれずに本ブログを立ち上げました。

 

行く行くはブログを育てて行きたいので、それぞれの記事をまとめるかどうか検討はしますが、今回は取り敢えず、「はじめる」ことに重点を置き、あまり考え過ぎず書き進めたいと思います。

●番外編 今の悩み10月1日バージョン

なかなか流産体験記が終わらない。

そんな中だけど、今の気持ちも記しておきたいと思う。

 

今の気持ちを一言で言うと、子どもが欲しいです。

 

正直、今回の妊娠、流産を経験するまでは子づくりもなに焦ってなかった。なにも知らなかったのだ。

が、経験し、知識も多少はついた今‥

 

焦ってる。

 

20代で第一子を生みたいと漠然と考えていた。

 

そう、言い方悪いが、もう今月決めないともう、20代での出産はできないのだ。

それに気づいてしまった。

流産することで6ヶ月のロスが出来た。(妊娠+手術後の避妊期間含む)

 

今は言ってみれば、はじめての「妊活中」期間。

趣味のマラソンは?お酒は?どう付き合っていくか日々悩みながら生活してます。

 

流産の時にブログなどの見過ぎで、なぜか頭は不妊様のようになってしまっている自分がちょっと怖い。

 

今月うまく仲良しできますように。お酒もマラソンも控えます。

 

 

 

 

 

 

妊娠を伝える前に流産の可能性を上司へ報告した時のお話

5月29日午前に流産宣告を受け、お昼に恐る恐る上司へ報告するお話。

※これまで妊娠しているということさえ、誰にも話していなかった。妊娠報告することなく流産報告となってしまった。

 

 

 

会議開始45分前。今話しかけたら迷惑だろうなというタイミングだったが、勇気を出して話しかける。

 

私「お話があるのですが、5分10分お時間よろしいでしょうか。」

上司「うん」

と、すんなり話す場に辿りつけました。

 

私「どこからどのように話したらいいか分からないのですが、、どこまで話すべきか悩んだのですが…(回りくどい)。

実は子どもができまして、いや、いや、それがですね!今日午前中病院行ってきまして、そこで順調であればその旨部長に、お話しようと思っていたのですが、実は今日病院で心臓がうごいていないと言われまして…。私はまだ信じられずにいるし、また明後日病院で見てもらうことになっていますが…。いずれにせよ、流産の可能性があるから今まで黙っていたのですが、よく考えたら流産なら流産で手術で何日かお休みを頂かないといけないので、いきなり休むとなるとそれはそれでご迷惑をおかけするので、今こういうことになるかもしれませんと事前にお耳にいれておこうとお話させて頂いている訳です。。」

と、回りくどいかつ歯切れが悪すぎる報告をしました。

部長「それ(流産)は可能性はどれくらいなんだろう?」

私「先生はもう諦めてる、というか流産だというのですが私は今日の今日でよく分かりません。。また明後日見てもらいます」

 

そこで上司がしてくれた話。

上司「こればかりはねぇ、俺の弟の奥さん2人も流産しててね。原因とかとくにあれなんでしょ。」

なんだかこの一言でとっても救われた気がしました。

まず、妊娠したことに対してマタハラ的負の言葉がなかったこと。

そして、流産の知識が少しでもあったこと。

普通に生活してても一定の確率で流産することを知っててくれてよかった。

 

上司「大丈夫?」

私「…大丈夫じゃないですね…。(半泣き、いや普通に泣けてきた)」

上司「だよね…」

 

なにより、残念そうにしてくれて、私の精神を心配してくれたことがとても嬉しかった。

 

そして、今日は帰ったら?仕事してる方が気が紛れるならいいけど、と言ってくれて、いや、大丈夫ですという素ぶりを見せながらも、お言葉に甘えることにした。

 

今回のことはこの上司までで話を止めて、これ以上には言わないことにしてくれた。言ってもメリットないかなと私が思ったので。

そして明後日の診断後またお話します、ということで話を終えた。

 

部屋から出ると、その上の上司に、

「午前中病院に行ったけど、無理して出てきたみたいなので帰らせます」と言ってくれて、その日は会社から出ることが出来た。

 

本当にこの上司に話して良かったと思った。

正直、これまで100パーセントの信頼関係を築けていた訳ではなかったから、今回のことで、なんというか、見直した。

 

車内で一人でも本当のことを知っていてくれる人がいる、というのが本当に心強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の流産宣告 病院を後にして

 

3回目の検診で稽留流産との診断を受けたその後のお話。

 

衝撃すぎる宣告を聞き、もう訳が分からないまま電車で家に戻った。
今すぐ夫に話したい。でも何て言う?

とりあえず何故だかメッセンジャーでエコー写真だけ送った。写真ではちゃんと育っていそうに見える我が子。電話したけど出ない。


家に着く頃ようやく夫から電話があった。

話そうと口を開くと号泣。しばらく言葉を発せないまま咽び泣く。

「心臓がね、動いてないって。」

夫は励ますでもなく、泣くでもなく、咽び泣く私を受け止めてくれた。が、仕事中にオフィスを抜けて電話しているようで、普段と様子が違うし落ち着かない様子だった。

とにかく今すぐ夫に会いたかった。

しかしそんなことは出来るはずもなく、稽留流産も受け入れられず、先生の話し方にも納得できず、心の中はぐちゃぐちゃだった。
仕事まで1時間位寝てしまいたかったが眠れるはずもなく、ただただ泣きまくった。

何故泣いているか?と聞かれたらよく分からない。言葉にならない。悲しい、とか、悔しいとか、後悔、とかまだまだそんな事で表現出来る状態にすら辿り着いておらず、恐らく一番しっくりするのは、“ぐちゃぐちゃ”だったと思う。

夫は仕事場に戻らねばならず、いつまでも私に付き合ってはいられないよ、という雰囲気となり、私はそれに対しても攻撃的な気持ちになってしまった。夫はいつだって優しいのに。今の私にとって、我が子の心臓が動いていないことが世界で一番大事なんだから。
電話を切るときブチっと切ってしまった。後から仕事中だから分かって欲しいという旨のメッセンジャーが来たけど、そういう言葉が欲しい訳でもそんなことを求めてる訳でもなんでもないんだよ!
そうイライラしてしまってる自分が嫌で、心は余計にぐちゃぐちゃだった。

心の整理もつかぬまま時間は過ぎて出勤の時間となる。

会社の人には誰一人として妊娠したことを言ってないので、簡単には休めない。
しかも午後は会議で、生半可な理由では休めない。
とりあえず、家を出て、職場に向かうことにした。あわよくば顔だけ出して、ごめんなさいしようかとも考えていた。

本来だったら今日、心拍が確認されたタイミングで直属の上司一人には話そうと思っていたのに。

“流産の可能性があるから”あまり早くから報告しない、というスタンスだったはずなのに、よくよく考えたら流産の場合でも手術のために休みをもらわないといけないから話さないといけないんだよね。もちろん、3日くらいなら「婦人科系の病気の検査入院で」とも言えるかなとは思ったけど、私はもう、嘘をつく事に疲れ切ってしまいました。

上司に流産だろうがなんだろうが言いたかった。

夫と電車の中でメッセンジャー。夫はネット上でマタハラの体験談を見て、報告すると余計に傷つくことを言われないか、マタハラを受けないかということを心配してくれて、あまり報告することに対して乗り気ではなかったけど、説得して話すことにした。

報告の文言を考えて、心の中で報告の言葉を何度も復唱。
ネットで「流産 報告」と調べても具体的に何と話したらいいのか分からなくて、とても困った。
最終的には、「何のために今自分は報告するのか」ということを明確に上司にも伝え、その上で話を持って行こうと決めた。

上司に話しかけるのも心臓がドキドキして来るしい。
早くしないと私も上司も会議に入ってしまう。


続く。次回は具体的に何と報告したのかと、報告を受けた上司からの思わぬ言葉に驚いた話。

 

3回目の診療にて下された診断は衝撃的なものだった〜稽留流産宣告

さて、5月29日火曜日。

待ちに待った病院の日。本当は明日30日行く予定だったが、仕事の関係で今日となった。

 

流産の可能性など考えても仕方ないし、なんとかこの日まで穏やかに過ごそうと努めた3週間。

この日、心拍が確認されたら会社の直属の上司1人にだけ、妊娠のことを伝えようと思った。
 
8時45分に受付。
9時の診察までは、いよいよ報告となる午後に備え、「妊娠報告 言葉」などとまたネットで調べていた。
 
一番に受け付けしていた様で、9時になると同時に診察室に呼ばれた。
 
先生が簡単に前回のおさらい。
「何も見えてないんだね、何かお変わりは?」
そして診察台へ。
 
今回はもうカーテンも最初からオープンで、エコー画面見せながら始まった。
 
あっ!
前まで真っ暗だった胎嚢の中に、はっきりと大きく白い赤ちゃんが‥!あぁよかった!
 
でも先生は何も言ってくれない。
やたらグリグリしている。
 
「これ腸なんですね、腫瘍かと思ったら、腸にガスが溜まってた」って。
 
そ、そうですか、ガスは人の10倍くらいいつも溜めている自信ありますよ!便秘でもないのに、やたら出るんです、妊娠前から。おならするとウエスト細くなるんです。
 
それはさておき、、
 
先生は、長さを測り始めた、どうやら“とうでんちょう”。
17.2mm、そこから計算されるのは現在8W4d。
 
「現在8Wですね。‥‥‥‥動いてないですね。後で話します。」
 
?!?!?!
 
ダメだったの??
 
……………………
 
 
「残念ながら稽留流産ということになります。」
 
はっきりと迷うことなく言う先生。
 
そうなれば、お腹の中を綺麗にする手術をします。
 
ちょっ、ちょっと待って
 
もし、納得いかないようであれば、明日また違う先生に診てもらってもいいですよ
 
‥‥
 
なんと応えたらいいか分からない。
 
なんだかもう、もう一度動くということは120%ないという言い方だった。
生きてる可能性は?などとは聞けなくて…。
 
 
もちろん、納得など出来る訳ない。
 
明日は無理だけど、もう一度診てもらうことにした。
カルテを見てもらって、今までに診てもらったことのない先生にみてもらうようにすると言ってくれた。
 
 
もし手術するとしたら何日くらい会社休む必要があるんだろう?それが分からないと上司にも相談出来ないと思い聞いた。
 
私「ちなみに手術すると何日くらい仕事やすまないといけないですか?」
 
そしたら先生…
 
「仕事っていう人に私話すんですけどね、
仕事と身体どっちが大事かって話ですよ
日本人くらいですよ、こういう時に仕事の話をするのは。自分がいないと仕事が回らないという自負もってるのは。そんなこと全然ないですから。私がいなくたって病院まわりますから。…」
 
そんなこと私聞きたい訳じゃない。
そんなこと私言いたい訳じゃない、思ってる訳じゃない。
単純に何日かかるか知りたいだけだ。
 
なんなら私は私などいなくても仕事は回ると思っている、、、
 
しかし、ここで言い争いをしてもしかたない。
 
そうですね、そうですね、分かりました、
 
と適当に相槌を打っておいた。 
 
先生は手術は早くした方がいいと。
その理由については
①もしそのまま残しておくと感染症のリスクがあること
②次の妊娠ができにくくなるかもしれないこと
を話していた。
 
もう何がなんだか分からないまま、取り敢えず、もう一回診てもらうことだけ決めて、部屋を出た。
 
部屋を出た瞬間、、、涙が出て止まらない。
“しくしく”を超えてもう肩が震えてしまっていた。
 
1分も経たないうちに看護師さんが来てくれた。
 
話しかけられた瞬間…声を上げて泣いた。妊婦さんに囲まれながら。。
看護師さんが、後ろの方行こっか、と言ってくれて少し離れた席へ。
 
「いきなりでびっくりしたね」
って、先ほどの先生とは打って変わってとても心を込めて優しく接してくれた。少しの間、肩を震わせながら泣き、その間も
「次の検診でもう一度診てもらいましょうね」「少し休んで行く?」
と言ってくれて、その優しさにも涙が出た。
 
都合のいい日程を聞いてくれて、次回は3日後の6月1日午後に予約してくれた。
 
今日は午後から仕事。全然行く気分じゃない。とりあえず一度家に帰ることにした。
   
 
続きます。
 
 
 
 

短かった妊婦生活での変化あれこれその2〜3回目の診療まで

前回の続き。

 

変化③習慣の変化

1、当たり前だが、趣味であるお酒を絶つ。妊娠する前から、いつかもし妊娠してお酒をやめなければならないとしたらどれだけ辛いだろう、と想像していたのだが、意外とあっさりすっぱりやめられた。

普段は365日中363日くらい飲んでいた。外ではビールかワイン、日本酒、家では焼酎やウイスキーが多い。量もそこそこ、外でビール飲めば1リットルは飲んでるだろうし、ワインだったらハーフから1本、日本酒も3合くらい?ウイスキーはロックで2杯くらいをチビチビ。

そんな私も、やはり本能が助けてくれていたのか、「猛烈に飲みたーい!!」ということは皆無になった。その代わり、ノンアルコールビールを毎日のように飲んでいた。(ノンアル飲料の話はまた追い追い。)

2、カフェイン断ち。これが妙に辛い。これまでカフェイン断ちは、レース日の尿意を減らすために勝負レース(マラソンの)の前日のみ行なっていた。その時も震えるくらいだった私‥。ブラックコーヒーをがぶがぶ飲んでいたのをやめて、お茶もやめて。(当たり前です!!)ルイボスティーとか、爽健美茶とか健康ミネラル麦茶とかとか。世の中のペットボトル茶系飲料ってカフェインレス少ないなぁーってようやく感じた。缶コーヒーでもカフェインレスあればいいのに。

そんな中、スタバでは通常メニューを+50円でディカフェにしてくれるサービスがあった。自分が妊娠するまで全く気づかなかったサービス。さすがスタバ!ちょっと感動しました。

3、ランニング中断。これまで“3日あけない”+月間100キロ走ることを目標にランニングを続けていたが、もちろん中断。

 

つまり酒もランもなく、ストレス解消法が分からなくなった私である。

そして、休日もなんというか、出掛ける用事?目的?モチベーション?がないことに気づいた。出掛けるといったら大体飲みに行くか、軽くテイスティングに行くか、試飲するか、市場調査に行くか‥(全部同じや!)。ま、なんとなくだるかったし眠かったので寝てましたが。

ランニングも出来ないので、早起きする理由もなくなったし、ね。

 

次こそ心境編!

 

 

短かった妊婦生活での変化あれこれその1〜3回目の診療まで〜

今回は短かった妊婦生活での変化のお話。

 

中でも「つわり」と「身体」についてです。

 

変化①避けて通れない「つわり」の話。

 

8週でお腹の子はなくなってしまったので本格化する前に終わってしまったが、私は軽かったと思う。あった変化と言えば、

1、ひたすら眠い。休みの日は30時間くらい(前日の夜から仕事の日の朝までずっと)寝ていた。

2、体力の低下。

一番感じていたのがこれ。階段を1階分上がるだけでも動悸息切れ。酷い時には登り切れず、踊り場でゼーハー。体力満々の私が!と最初は変化に戸惑ったが、徐々に階段を使わない生活にしていった。駅はどれだけまってもエスカレーターやエレベーターを使うなど。したがって、比較的時間に余裕を持たせて行動をするようになった。

あと立ちっぱなしも辛かった。行き帰りは電車含め1時間くらいなのだが、電車がとにかく辛く、つり革にぶら下がって唸っていた。たまに逆方向への出勤時は救われた思いだった。

3、つわりのイメージである吐き気は、ほんの少しだった。2、3日通勤後にトイレにお世話になった。1回だけ耐えきれず仕事中に休ませてもらった。

 

変化②身体のお話。

 

1、一番は胸がとても張って大きくなったこと。これによって妊娠に気付くくらいだった。私の場合、チクチク痛いということはなかったが、7週あたりには完全に以前使っていたブラジャーからははみ出していた。圧迫されて苦しかったので、敢えてビロビロに伸びたものを使ったり。あと、会社の制服のベストがキツかった。

いつマタニティ用のブラジャー買うものなのかな?と調べていた頃に、流産した。

2、体重はこれといって変化なし。どちらかというと、ランニングをパタリとやめたので筋力が落ち、1キロくらい痩せたかな。

3、よく言われる肌荒れはそんなに気にならなかった。生理前の方がひどいかも。

 

次回は変化編その2